ハイキングリポート

JMT Thru-Hike 2008 (Part 3)

2008/08/31
土屋 智哉
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オーナー土屋智哉がウルトラライトな装備で歩いたJMT(ジョンミューアトレイル)の記録(その3)

(パート2より)

DAY10 〜JMT Thru-Hike2008〜

DAY10(6月24日) Lake Marjorie手前〜Rae Lakes 24kmあっけないくらいでたどり着いてしまったPinchot Pass
それでも峠からの景色にはハイカーを寡黙にさせる重みがある。
歩いてきた谷には残雪と湖が奇妙な配列を示し、
歩みをすすめる南の空の山並みには霞がかかっていた。峠のこちらと向こう側、
多くのハイカーが同じ風景を見て、同じ思いにかられたに違いない。
峠を越える毎に、風景だけでなく、何かも心の中に積み重なっていく。土埃が舞う、乾いたトレイルにある石積み。
周囲の景色にとけ込むたたずまいがどこか仏塔のように見えてくる。
次々にあらわれる石積みに導かれるように歩きながら、
教典を求める旅の途上にある僧侶のような厳格な気持ちになっていく。
この山旅の終わりで、僕は何を得られるのだろう。
乾いた空と大地の間で、そんな思いにとらわれだす。誕生日を長いトレイルの途上で迎え、こんな思いをめぐらせるのも悪くはない。明日越えるGlen Passの向こうにアプローチトレイルがあるせいか、
Rae Lakes湖畔には数組のハイカーがテントを張っていた。
少しずつ、本当に少しずつだけれど、街に近づいている。
それは日常に近づいているということであり、
この素晴らしい山旅が終わりに近づいているということでもある。独りでのキャンプに慣れてしまった僕は、静かな場所を探しはじめる。
まだ夕暮れには早い時間、静かな湖面と向かい合う。
少し、寂しく思った。


Lake Marjorie手前 07:00
Pinchot Pass 08:20 *09:00まで休憩
*この日はじめて南の空が煙っているのに気づく。後日山火事だと判明。
Sawmill Pass Trail JCT 10:50 *11:50まで食事、休憩
Cedar Grove Trail JCT 13:25
Dollar Lake 15:40 *16:00まで休憩
Rae Lakes 17:30

DAY11 〜JMT Thru-Hike2008〜
DAY11(6月25日) Rae Lakes〜Center Peak西斜面 18km朝日に輝くGlen Pass。
ここからでも明瞭なトレースが雪の斜面にはっきりと見える。
どうやら今日は楽に越えられそうだ。
麓の岩場にテントが2張。
二人組のハイカーが、コーヒーを飲んでいけと声をかけてくれる。
「どこから来たんだい。」
「ヨセミテから。JMTを歩いているんだ。 君たちはPCTかい?」
「そうだよ。ホントは急がなくちゃならないんだけどね。」
もう何度となく繰り返されたやりとり。
それでも、このささいな会話が不思議と力をあたえてくれる。
同じトレイルをすれ違う、一期一会の出会い。
一瞬の出会いでもロングトレイルを歩くハイカー同士、不思議な一体感がそこには生まれる。もしアメリカのハイキングカルチャーの素晴らしい点を聞かれたら、
僕はこのロングハイカー同士の不思議な一体感をあげるだろう。
何度助けられたことか。そして僕も誰かを助けたのだろうか?今日の行程は短い。
明日のForester Pass越えのため、少しでも標高を上げればいいだけ。
雪のGlen Passを越え、
キャンパーと挨拶をかわしながらBubbs Creekをさかのぼる。
足取りは軽い。
今日中にForester Passを越えられるかもしれないな。
でもその前にちょっと昼寝でもしよう。せっかく風が吹き抜ける川辺だから。僕のほおを叩いておこしたのは降り始めた雨粒だった。
大きな木陰に避難し、ポンチョをかぶる。
Forester Passのあたりは完全な雨雲に覆われている。
夕方までには止むだろうとは思っても、3000mを越えるここでの雨はやっぱり憂鬱だ。
雷だけには注意しながら、休み休み、少しずつ、それでも標高をあげていった。疎林がきれる手前、誰かが造った石積みの防風壁。
ここなら吹き下ろす風も防げるだろう。
いつしか雨雲もきれていたが、今日はここでキャンプ。Center Peakに照り返された西日がこの谷を染めていく。

Rae Lakes 07:30
Sixty Lake Basin Trail JCT 08:00
Glen Pass 09:30 *10:30まで食事、休憩
Vidette Meadow 12:50
Center Basin Trail JCT 14:30 *16:00まで昼寝、休憩
Center Peak西斜面3500m付近 17:00
*Center Basinへの分岐を過ぎてから雨に降られる。1時間程

DAY12 〜JMT Thru-Hike2008〜
DAY12(6月26日) Center Peak西斜面〜Guitar Lake 31km午前3時、JMTではこの時刻に一度は目が覚める。
気温を確認することも既に身体に染み付いている。
−3℃、寒い。この標高なら仕方がないが。
周囲ではForester Passから吹き下ろす風が鳴き続けている。いつもなら寝袋の中に深く潜り込み、長い二度寝を楽しむのだが、
なかなか眠りにつけず、目が冴える。
今日はいよいよ4000mの峠越え、Forester Pass。
気分の高ぶりは止めようもない。
両側を4000m級の山々に囲まれたForester Passへの谷、
トレイルには薄氷がはり、周囲は霜柱の絨毯。
吹き抜ける風は肌をキリリと引きしめ、冷気に満ちている。
トレイルは残雪に吸い込まれ、吐き出され、を繰り返しつつ尾根へと続く。
路傍の小さな花が紺碧の空に映え、僕を応援してくれる。
ここから雪面を一息にトラバース。
後ろをふりかえると、歩いてきたトレイルが細く長く彼方まで続いている。
峠にはもう手が届く。Forester Pass、標高4017m。
この峠を越えると、この旅も最終章を迎える。
峠の向こうを歩くことより、この峠までを歩いてきたことが胸に迫る。
それでも峠の下りに足を踏み出す。
今までと同じように、この向こうにあるまだ見ぬ景色に出会うため。

木肌をむき出しにした彫刻のようなフォックステールパインが林立する。
赤土に煙るなだらかなBighorn Plateauにあふれる生命感。
空にのびるその姿から目を移すと、トレイルの彼方に微かに見える。
Mt.Whitney、いよいよ旅の最終章がこの目に映る。
周囲を見渡し、一息つく。
叫びたい衝動に胸が熱くなる。
誰もが美しいと感じる風景ではないかもしれない。
それでも歩き続けてきたハイカーには何ものにも代え難い風景がそこにはあった。

 

 

Center Peak西斜面3500m付近 06:30
Forester Pass 09:15
* 登路である尾根に回り込む地点でトレイルロスト、30分程迷う。
Tyndall Creek 11:40 *12:30まで食事、休憩
Bighorn PlateauにてMt.Whitneyが姿をあらわす 13:30
Wallace Creek 14:30
Crabtree Ranger Station付近 16:30
Guitar Lake 18:15 *北東側の谷から終始強風が吹き下ろす。

DAY13 〜JMT Thru-Hike2008〜
DAY13(6月27日) Guitar Lake〜Mt.Whitney 10km眠れない。
谷を吹き下りる風が一晩中、容赦なくタープを揺らす。
Mt.Whitneyを目の前に望むGuitar Lakeは風の通り道。
北東の谷からの風は止むことなく、一日中湖の周りを駆け抜けている。
思いきり低く設営したタープは風にも負けず、
しっかりと僕を守ってくれているが、風の音だけはどうしようもない。
いつしか眠りに引き込まれるものの、その眠りは浅い。
最後の夜、いつまでも風の音が耳に残った。いよいよ最終章。
4419mのMt.Whitney山頂までの高低差900m、行程10kmを残すだけ。
乾いた岩の大地を一歩一歩進んでいく。
歩き、休み、そしてまた歩く。
空気の薄さのためか、体が前に進まない。
後ろをふりかえれば遥か下方にGuitar Lakeが小さく見え、
周囲をみわたせば、山並みも既に眼下。
それでも山頂は僕に近づいてくれない。
なだらかな登路は終わりなく、彼方まで続く。休む回数と時間が増えるなか、それでもひたすら足を前に出す。
すれ違うWhitney portalからのハイカーが僕に最後の力を与えてくれる。
いつ終わるともしれないガレ場のトレイルの向こう、
測候小屋が小さく、本当に小さく目に入る。
歓喜と安堵が押し寄せ、あとはよく覚えていない。
気がつけば目の前にはMt.Whitney山頂を示すプレート。
 身体から全てが流れでる。
僕とまわりの自然とを分け隔てるのはこの薄い皮膚一枚。
僕であって僕でないような、透明感。一体感。山頂を吹きわたる風は確かに僕の身体の中を流れていた。Guitar Lake 08:40
Mt.Whitney JCT 10:55
Mt.Whitney 12:23
*John Muir Trail Thru-Hike ! 完成
DAY after Thru-Hike 〜JMT Thru-Hike2008〜
After Thru-Hike(6月27日、28日) Mt.Whitney〜Whitney Portal 18km山頂で惚けるように脱力した僕は、夢遊病の様にあたりをふらつく。
何をしていいのかわからない。空っぽだ。
30分程そうしていたのだろうか、
僕は測候小屋の中で食事の支度をはじめ、ようやく我に返った。
コーヒーを飲む頃には落ち着きを取り戻し、この後のことを考える。遠足は家に帰るまでが遠足。
Yosemite Happy IsleからはじまったJohn Muir TrailはMt.Whitney山頂で確かに終わったものの、ここはまだ4000mを越える高所。
街の入り口までは、まだまだ行程18km、高低差1800mの長過ぎる下りが待っている。
膝に不安のある僕にはむしろここが最後の難関。まだ日も高い。
山頂でのビバークはやめ、今日中に800m下のTrail Campまで、そして残りの1000mは明日下ることにする。 あきれる程のスイッチバックを繰り返したTrail Camp。
人が多すぎ、落ち着けない。
今までの静かなキャンプを懐かしんでいた僕だが、夕日の美しさには全てを忘れ、目を奪われた。翌日の昼にたどり着いたWhitney Portal。
僕の2週間の出来事など何も無かったかの様に、
ここでは当たり前の一日が過ぎている。
大きな自然の中で、そして無数の人の営みの中で、
僕がThru-Hikeしたことなんて、どうでもいいこと。
おごること無く、謙虚にまた歩きはじめればいい。ハイキングは誰もができるものなのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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土屋 智哉

書き手土屋 智哉

1971年、埼玉県生まれ。当店のオーナー。
古書店で手にした『バックパッキング入門』に魅了され、大学探検部で山を始め、のちに洞窟探検に没頭する。
アウトドアショップバイヤー時代にアメリカでウルトラライト・ハイキングに出会い、自らの原点でもある「山歩き」のすばらしさを再発見。2008年、ジョン・ミューア・トレイルをスルーハイクしたのち、幼少期を過ごした三鷹にハイカーズデポをオープンした。現在は、自ら経営するショップではもちろん、雑誌、ウェブなど様々なメディアで、ハイキングの楽しみ方やカルチャーを発信している。 著書に 『ウルトラライトハイキング』(山と渓谷社)がある。

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