ハイキングエッセイ

〜ULなんて怖くない〜「ジンカップとスタッキングについて考えたくもない」

2018/11/17
勝俣隆
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スタッキングの有用性と軽量化の関係性についての馳せる思い

ジンカップを何年も愛用している。木の風合いが堪らない。重さだって67グラムとチタンカップとさして変わらない。なにより、熱いものを入れても、金属のように飲み口のところが熱くならないのがいい。持ち手がないのが、湯呑みみたいで可愛い。普段っぽさが気に入って使っている。

その点、450mlのチタンカップは、お湯こそ沸かせるものの、どこか産業革命の産物的な剣呑とした風情が佇んでいる。風合いとか風情とは無関係な世界のタフな住人だ。ゆえに、いつも持ち出しても壊れないで仕えてくれる安心感がある。

 

「ライトウェイト」が巷間に囁かれ始めたころ、チタンカップは「カップでお湯を沸かす」というコペルニクス的転回で人々を驚かせた。「火にくべていいの?」と。じつはコーティングがしてある鍋のほうが空焚きに弱く、カップの方が安心だということ。焦げたとしてもスチールウールで汚れを落とせる利便性。長い期間、同じ道具を使い続けるロングディスタンス・ハイカーにはもってこいで、なかにはコーティング無しのチタン鍋を敢えて探すのもいるくらいだ。

「山のキッチンウェアは嵩張るがゆえ、スタッキングが求められる」
それはわかる。大小の鍋、ガスキャニスター、鍋に収まるように工夫されたカップ。調理道具に調味料。大変だ。ただ、カップ一つで済むなら、スタッキング問題から開放される。永遠に、だ。もう、ぴったりフィットするマトリョーシュカ探しの長い旅路に出なくていい。

そもそもスタッキングは、容量こそ減らせるものの、決して軽くはならない。減った容量を元手に、わたしたちは隙間を埋めるように、何かを入れてしまう悲しい動物だ。性質(たち)がわるい。心の隙間を狙うように何かがバックパックの中で増殖しようとする。せっかくできたスペースは、そのまま空き地として置くと、バックパックの中はふんわり軽やかだ。軽いのはいい。町の空き地から見える空が清々しいように。

アルミ製のアルコールストーブの保護のためにカップに入れると、いつもガチャポコと音を立てるから、気になるとビニールで包むとか、ドリップコーヒーを入れるとか、その程度でやりすごす。そんな風だから、あれこれ入れ子のフィッティングしたことがない。
たまたま外でお茶を入れたあとに片付けていると、ジンカップの持ち手がない故に、450mlのチタンカップにすんなり入るのを発見して感心してしまった。ついでに、アルコールストーブも入る。風防はカップの内周に沿うように納まり、さらにフタまで閉まる(フタが閉まらないことってスタッキングではよくある)。なんというフィット感。

見事に納まる。
しかし、マトリョーシュカ状態のティーセット一式はずっしりと重い。スタッキングすれば容量こそ減る。だけれど、ギアが観念して軽くなるわけじゃない。「それによって小さなバックパックで済むじゃん!」という人もいる。軽量ギア沼への甘言だ。沼へまっしぐらだ。ようこそ!ウルトラライトを目指していたはずが、屋根裏のバックパックの数は増えるばかりだ。どうしてだ。

はてさて。きちんと納まることに、世間では気持ちいいと言う人もいるのだろう。わたしは狭いところに追いやられたようで、居心地が悪い。取り出しては横に並べると、みんな背筋を伸ばして深呼吸しているみたい。うんうん。

一人では、鍋をいくつも持っていくことはほとんどない。カップはあると便利だ。文明の香りがする。かのシノペのディオゲネスもカップだけは最後まで持っていたくらいだもの、人とカップの関係性の深さが伺えるエピソードだ。そして、ディオゲネスは、最後に「手で飲めばいいのだ」とカップを捨ててしまう。可哀想なカップのお話。

ジンカップがあれば、温かい飲み物を味わいつつ、更にご飯用にお湯を沸かすことができる。なんと豊かな過ごし方だろうか。お友だちにお湯を分けることだってできる。
お友達か。誰かと行くとどうしても荷物が増える。なぜだろう、おすそ分けをしたり、汗臭さを気にして着替えを持っていったり。もう、ウルトラライトじゃないじゃんか。いっそ、一人なら揚げたそら豆でも齧っているうちに、愉快な夕方が終わるんじゃないかしら。
やはりULを極めるならボッチに限る、ということである。

「ジンカップはプレゼントに最適」とか書いてあるのをみると、自分用に使っている自分に乾杯だ。ジンカップを使うと豊かな夕暮れが訪れる、に違いない。訪れますってば。

Text by Loon

勝俣隆

書き手勝俣 隆

1972年、東京生まれ
ULハイキングと文学、写真を愛するハイカー。トレイルネームは「Loon(ルーン)」
アパラチアン・トレイルスルーハイクののちハイカーズデポ スタッフへ。前職での長い北中米勤務時代にULハイキング黎明期の胎動を本場アメリカで体験していた日本のULハイカー第一世代の中心人物。ハイキングだけでなく、その文化的歴史的背景にも造詣が深い。ジョン・ミューアとソローの研究をライフワークとし、現在は山の麓でソローのように思索を生活の中心に据えた日々を過ごしている。2016年以降、毎夏をシエラネバダのトレイルで過ごし、日本人で最も彼の地の情報に精通しているハイカーと言っても過言ではない。著書に『Planning Guide to the John Muir Trail』(Highland Designs)がある。

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