ハイキングエッセイ

把手をめぐる深い森

2018/12/08
勝俣隆
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軽さに拘泥ることは深い森を歩くようなもの。15グラムを巡って疲れ果てる思考訓練
 ギアの重さを一つ一つ調べてリストにすると、すぐに気がつくことがある。泊まり装備で重たいものというのはいくつかのギアしかない。テント、バックパック。軽くするのは重たいものから。
 たとえば、テントをツェルトに替える。一キロマイナス。フレーム付きバックパックを背面パットなしに。500グラム減。
 同じグループ内のギアを並べてみる。そして機能に着目する。バックパックなら「運ぶ」という広いジャンルのなかで、よりシンプルな仕組みで作られているものに切り替えると軽くなる。
 自立式テントを最新式自立式テントに切り替えるよりは、フレームなしの非自立式シェルターに替えるほうが重量減は大きい。
 
ガスストーブをアルコールストーブや固形燃料に切り替えることもそうだ。とても生産的で実入りが大きい。
 
 ところが同じ分類、同じ構造や仕組みのものを較べても、あまり軽くならない。ほとんど性能の変わらないLEDヘッドライト同士の重さを比較しても、大きな削減にはならない。
 ウィンドシャツ同士を比べても性能の優劣はあったとしても、重さが大きく変わることあまりない。
 
 とりわけ、鍋として使うチタンカップ同士は、種類も多くハマりやすい。チタンの厚みや取っ手のあるなし、容量によって様々だ。多少の重量差はあるものの、苦労の割りに、大きな重量減にはつながらない。不毛な戦いだ。
 コモディティ化したアイテムは、販売価格でしか比較しようがない。価格の優劣で判断するのは、たのしくない。でも、機能面で必要性を十分に満たしているのだ。もうそれ以上、機能面は考えなくてもいい。だから、何を選んでも、ハズレはない。誤差だ。
 この20年もの間、2ダースものチタン鍋やらチタンカップを買ってみてようやくたどり着いた境地だ(遠い目)。
 
 まあ、そこに拘泥ってこそのULハイカーなの、きっと。ね。
 
 さて、重量付きの持ち物リスト効果的に削減するのではなく、道具をにらんで不要なものがないかと探し始めたら、もう立派(な病だ。どなたか処方箋をお出しくださいませ)。
はてさて。「要らないものはないかしら」
「もう、メーカー・タグはみんな取ってしまった」
「使ったことも無いバンジーコードは抜いた」
「ウェストベルトが長すぎたのはすでに切り取り済みだ、ウェストベルト自体を」
 自問自答を繰り返し、軽量化の森をどんどん進んでいく。先に出口はあるのかわからない。ULの楽園があるのかも。 わたしに光は射すことがあるのだろうか。お客さまのなかにお医者さまはいませんかー。
 
 チタンカップの把手をはずして、計ってみる。15グラムもある。カップ自体が60グラムなのに。重量の2割がまったく役に立たない把手に使われている。はずしてしまえ。困らないなら、はずしてしまえ。困ってもはずしてしまえ。

さて、見事取っ手のないチタンカップを使ってお湯を沸かしてみると、お湯を沸かすにはなんの不便も無い。どうだ参ったか。まいった、熱くて鍋が持てないじゃないか。
とくにアルコールストーブに火がついているときは、手袋をしようが手ぬぐいを使おうが、燃える燃える。やけどする。まず、火の点いているアルコールストーブからカップを降ろそうとしては駄目。やけどしてひとは学のだ。

 世の中には把手が嫌いな人はある程度いるみたいで、把手も付いてないToaksみたいなカップがある。あんなの飾り的な把手がないから39グラムと軽い。しかも、このカップにはシリコンリングが付けられる。これなら持っても熱くならない。飲み口にもなるようにデザインされている。やるなー。これで決まりだ。
 と思ってリングの重さを量ると12グラム。合わせると51グラム。ええええ。
 エバニューのチタンカップ400FDは把手が付いているのに公称50グラム(実測49グラム)。同じじゃないか。どうしたらいいんだろう、わたしは。森は深まり出口はみえない。

 そうだ、シリコングリップというのもある。これなら金属の把手ともおさらばだ。森からも抜け出せそう。シリコンだから軽い。計ってみると12グラム。Toaksのシリコンバンドと変わらない。ひとつの解としてはいいような気がする。でも、金属の把手は15グラム。違いは3グラムだと思うと説得力が薄い。シリコングリップは鍋のフタを取らないとグリップできないんだもん。そのフタを取るのが大変なのに。
 おいそれと納得できない自分がいる。やれやれ、わたし。

 やはり奥の手だ。むかしから言い伝えられる秘儀。ピンペグを使い、チタンカップの取っ手をはずした穴にペグをさす技だ。むかしはL字型のペグで上げていたが、いまではほとんどが?(はてな)型になっている。でも、どうにか穴に刺さる。持ち上げて見るとちゃんと持ち上げられる。そうだ、これだ。ペグなら予備を二本、かならず持っていく。予備のペグを把手に使えれば一石二鳥。
 この方法にはひとつだけ問題があることをすぐに思い出す。お湯を入れた状態で持とうとすると、カップに刺さるペグが容易にねじれる。カップはくるっと半回転して、お湯が見事にこぼれるのだ。全部ね。ちんちんに沸いたお湯を何回もぶちまいて学んだではないか。とほほ。もう降参。サレンダー。もうどこにもたどり着けない。


(二宮に試してもらったところ空なら持てます。水を入れた途端、派手に溢しました。万歳!お試しあれ)

 15グラムはとてもちいさな問題。ULの神は細部に宿らない。ただ、これは軽量化へのささやかなアプローチ・トレイルなのだ。こうやって考えることには意味がある。
 わたしは、いま来た道を辿ってもとに戻る。カップに把手をつけ直した。熱さでも大丈夫なように、新たにシリコンチューブを付けて。
 
 きっと、いつかメイントレイルに出れるときがくるさ。出口の見えぬ深い森へようこそ。

Text by Loon

勝俣隆

書き手勝俣 隆

1972年、東京生まれ
ULハイキングと文学、写真を愛するハイカー。トレイルネームは「Loon(ルーン)」
アパラチアン・トレイルスルーハイクののちハイカーズデポ スタッフへ。前職での長い北中米勤務時代にULハイキング黎明期の胎動を本場アメリカで体験していた日本のULハイカー第一世代の中心人物。ハイキングだけでなく、その文化的歴史的背景にも造詣が深い。ジョン・ミューアとソローの研究をライフワークとし、現在は山の麓でソローのように思索を生活の中心に据えた日々を過ごしている。2016年以降、毎夏をシエラネバダのトレイルで過ごし、日本人で最も彼の地の情報に精通しているハイカーと言っても過言ではない。著書に『Planning Guide to the John Muir Trail』(Highland Designs)がある。

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