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ボランティアプログラム in 雲ノ平リポート

2021/12/12
勝俣隆
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2021年8月末、雲ノ平山荘の整備プログラム「ボランティアプログラム in 雲ノ平」にハイカーズデポとして運営に協力しました。
「道づくり」という、利用とは異なる新しい山との付き合い方を楽しむ5日間のプログラムのリポートです。
北アルプスの奥座敷に位置する雲ノ平山荘と一緒に開催しました「雲ノ平登山道整備ボランティアプログラム」は8月末に滞りなく開催されました。
 今回のプログラムは、8月21日〜25日、8月26日〜30日の2チームに分けての開催となりましたが、ホームページでは一回にまとめた形でレポートします。
〈参加された方々〉
 募集が7月中旬と言う、多くの人が夏休みの予定をすでに決め始めている頃合いで、なおかつ開催場所は北アルプスの中でもアプローチが容易ではない「雲ノ平山荘」という場所、その上、一回の開催日数が5日間(アプローチの日が加わると実質9日間)という長期戦にも関わらず、多くの方にご応募いただきました。
 ご参加された方は年齢・性別・体格もさまざまでした。建築関係や医療従事者、個人経営者から企業コンサルタント、大学院生から行政関連まで、雲ノ平山荘の取り組みに賛同いただけた「登山道を愛する熱い人々」が幅広く集まりました。当店のオーナー・土屋も現場アシスタントして1部に参加しています。
〈プログラムの流れ〉
 各回の日程は5日間。初日は夕方までに集合し、オリエンテーションのみで終わり。夜の懇親会では「何をするのかわからない緊張感」に包まれながらの会食です。はじまったばかりのクラスのような雰囲気です。比較的、静かに終わって行きます。さて、最終日にはどんな感じになるのか楽しみです。
「ボランティアによる整備作業」というと、人数を確保するためか参加しやすい週末に行うことが多くなります。しかし週末という限られた時間では、どうしても短時間で作業ができる内容になりがちで、技術の習得が必要ない簡易的な作業で終わってしまうのが実情です。草刈りや清掃で終わってしまっては、整備を本質楽しむことはできません。たとえば「車の整備」と言えば、外観をきれいにすることではなく、できる限りコンディションをベストの状態に近づけることです。
今回のプログラムには長期的に参加いただいて、将来敵には登山道の保全作業を率いる「整備のリーダー」になってもらいたい気持ちも込め、作業日として3日間を充てました。
 一日の作業時間は8時から14時まで、休憩時間を入れると5時間程度と長くはありません。これは講師として北海道よりお越しいただいた「一般社団法人 大雪山・山守隊」の岡崎哲三さんのアドバイスをもとに設定しています。
「お昼を過ぎると集中力が切れて怪我をしやすくなる」ということで、朝を少し早めに開始して早めに切り上げる、というスケジュールになりました。山小屋での暮らしはもっと早い時間からスタートするのですから、それほど大変なことではないでしょう。
〈作業開始〉
翌朝は6時過ぎに食堂に集まります。朝食を終えて各自支度を整えてロビーに集合します。
初日は作業前に、小屋の暮らしについてのオリエンテーションが山荘オーナーの伊藤二朗さんからありました。
「他の山荘のスタッフと一緒に家族のように過ごして欲しい」との思いが語られました。山荘の宿泊業務のスタッフではありませんが、「整備スタッフ」として受け入れてくれるのはありがたいことです。
山荘から配られる飲み物やおやつをバックパックに詰めて、今回の作業現場・祖父(じい)岳に向かいます。
道中でも実作業前のレクチャーがはじまります。雲ノ平山荘で行っている植生復元の実績を二朗さんの解説を現場を見ながら進みます。山荘からキャンプ場に向かう斜面には木道がつけられていますが、よく観察すると石が積み重なった箇所が見えてきます。ここは二朗さんが施工した土留だという説明があります。人工的なところはなく、すでに自然の景観に溶け込んでいます。

石を並べて作った土留めに水流があたることで数年かけて徐々に土が溜まります。そこに植物の種が流れ着き、発芽するのはその一部であり、無事に育つのはさらに少ないでしょう。「自然」というものが、いかに偶然によってそこに育っていくのか気づかされます。
植生復元の現場を二朗さんに案内されながら、徐々に祖父岳中腹の現場に到着です。
ここでようやく、どのような箇所を整備するのかようやく明らかになります。
今回のプログラムでは、祖父岳のザレた斜面に岩を積み重ね、足場を組む作業です。
作業初日は岡崎さんのレクチャーが中心です。岡崎さんがしゃがんで傾斜を確認し、起点となる岩を置くと、近くから見つけた次の岩を積み重ねていきます。3〜4段と積み重ね、あっという間に3−4段のステップが出来上がります。

さあ、実際にグループに分かれてトレーニング開始です。
まずは一つ目の岩を置く。「.........」、次が見えてきません。腕を組んで、沈黙です。
(さて、どうしようか)、岡崎さんが積んだときはあれほどスムーズに見えたのに、どうにも上手くいかないものです。各グループとも、議論が活発には行われていない様子です。

そばで見守っている岡崎さんにアドバイスを求めつつ、「次はこれくらいの石を置いてみましょう」と言われてみると、不思議なくらいスーッとハマります。
なるほど。次の岩を置いていきます。しっくり来ません。違和感だらけです。美しくありません。もう悲しくなって来ます。
石を置いたり、回してみたり、ひっくり返してみたりと試行錯誤しているうちに、あっという間に一時間以上が経過。不完全燃焼のうちに休憩です。
休憩時間で用意頂いたお茶とお菓子を頂くのも束の間、他のグループの出来栄えを見学してヒントを得ます。
休憩時間を終え、再び作業に戻ると、また新しい見方ができるのか、糖分が脳に補給されたせいなのか、少しだけスムーズに作業が進むようになります。
作業初日はトレーニングということで、二時間で作業が終わります。みなさん、解けないパズルに直面して、消化不良の面持ち。大人になると味わえない無力感をバネに明日、頑張りましょう。
〈講義パート〉
雲ノ平山荘に戻ってお昼を食べ、午後からは講義パートです。
整備スタッフが泊まる部屋を片付け、プロジェクターとテーブルを設置すると、本格的な講義が始まりました。
まずは岡崎さんによる「大雪山における登山道整備」のプレゼンテーションが始まりました。登山道には色々な姿がありますが、岡崎さんが手がける近自然工法で整備された登山道は、自然の景観によく溶け込んでいます。
登山者の利便性や、作業効率を考えた公共事業にありがちな土木工法を採用してしまうと、景観を損ねるばかりではありません。水みちを考えずにステップが造られているような場所では流水などで侵食が加速し、ステップ自体を破壊しまいます。さらに機能しなくなった登山道を避けるように登山者は脇を歩いてしまうのです。結果、植生を守るはずの登山道が、拡幅という人為的な自然破壊を産み出すきっかけとなるのです。
我々の目には「当たり前の登山道の光景」として登山道の両脇の斜面が削れている景色が、岡崎さんの説明では「ガリー侵食」として修復箇所として解説されていて、自分の見方の甘さに気づかされます。日本には流水による侵食を受けている登山道がなんと多いことでしょう。
現状を知るだけではなく登山道を見る目が変わるのも、この講義で得られる大きな成果です。
休憩を挟んで、伊藤二朗さんによる「雲ノ平の植生復元」に関する講義が始まります。
植生復元の現場は午前中に見てきた場所も多くあり、解説を通してどのように作業されたのか理解が進みます。
本格的な講義内容に自分が北アルプスにいることを忘れそうです。ふと、窓の外に視線を移すとウィルダネスが広がっていました。
講義のあとには自由時間を設定していたのですが、講義は延長戦に入り、気がつけば夕食の支度時間です。
参加者の夕食は宿泊者の夕飯後に始まります。
自分たちの明日のお弁当作りやお皿洗いにも参加してもらいます。厨房に入ると、オーナーの土屋も意気揚々とお皿を洗っている光景を何度も目にしました。
山荘スタッフと一緒に作業するのも、一体感を得るのに役立つものです。きっと明日の作業はさらに楽しいものになるでしょう。

〈整備本番〉

三日目、四日目がプログラムの中心となります。基本的には、昨日と同じ作業と変わりません。
各チームに分かれ、あてがわれた整備箇所に向かいます。どのような作業をするのか、ザレた斜面と岩を見ながら検討会の始まりです。三日目となると、各チームのコミュニケーションは円滑になり始めます。昨日のトレーニングを踏まえて、黙々と作業が進んでいきます。
ステップに向いた大きな岩を持ってくる。どのように置いていくか考える。置いてみる。試行錯誤する。景観に合う処理をする。重量挙げ、パズル、庭作りがセットになったような行為は飽きません。
作業に熱中し始めた方々は休憩の声を掛けても手が休まりません。しまいには、わたしも休憩の声をかけ忘れて作業に没頭し、岡崎さんや撮影クルーに時間を案内される休憩を促される始末。そのくらい道作りが楽しくなってきます。
その日の作業が終了すると、各チームごとに自分たちが作ったパートの説明をしてもらい、みんなで歩いてみます。実際に作り手として作業してみると、各パートに個性がでてきます。各チームとも同じように、岡崎さんからは注意点を教示されています。「段差の高さ」、「足の置きやすさ」、「下り時に恐怖を感じない作り」などなどです。それを地形に合わせて作っていくと作り手の意思が入り込む余地はないくらいに思い通りにならないものが出来上がります。それにも関わらず、岩の選び方や置き方に違いが生まれ、作ったステップには性格が生まれてくるのです。
とりわけ、女性のみで編成されたチームが作ったパートは、粗雑さがなく、繊細な雰囲気を醸し出していました。大きな岩を持ってきては「巨石文明」を築きがちだった私のチームは、少しばかり荒削りすぎだったと反省したものです。

なお、最終的にはどのパートも、岡崎さんにチェックしてもらい、壊れにくさ、植生や土壌への影響、歩きやすさなどで指導・調整が入りますので、歩きやすさにおいては大きな違いはありません。

〈講義パートその2〉
作業を14時に切り上げ、山荘に15時に戻ってからは講義です。
二朗さんからは、昨日の続きとして、植生復元活動の話を軸に、国立公園の歴史的な背景から、現在の国立公園やそれを構成する自治体や各山小屋の問題が明らかにされていきます。登山道がどうしてこのような状況なのか、徐々に頭のなかで構築されてきます。参加者自身が「なぜボランティアとしてここにいるのか」、その意味を納得して、登山道整備に関わりを持てることも今プログラムの目指すところでした。
岡崎さんの二回目の講義は、実際に作業された映像を見ながら「近自然工法」の概要を教わります。
「一つのやり方を教わるとそればかりやってしまうが、正解は自然の環境の中にある」と言うことが心に残りました。
「登山道に興味が湧くと、最初は登山道の問題点が見えてくるようになり、その次は既存の登山道の参考になる工法を見ながら歩くようになる」。
最終的には「自然の景観の中にある天然の造作物に目が行くようになる。」
近自然工法を含め、登山道整備を中心に20数年のキャリアを持つ岡崎さんの言葉は現場から汲み取り、積み上がった知見をもとに生まれているため、心に重く響きます。
〈振り返り〉
最終日はこれまでの実習や座学を通して得られた成果物をもとに、フリーディスカッションをしながら、作業や講義を振り返ります。
話は作業自体のことから、協力金や運営の具体的な手法、ボランティアのあり方まで幅広く語られました。
参加された方に共通するのは「(シンプルに)楽しかった」と言うことでした。「誰かのためにやって良かった」と言う意見はありません。整備した道を登山者が使用して「歩きやすい」と言ってくれるのは嬉しいことですが、「誰からも頼まれなくてもやってしまう」ことの方が、趣味のように率先して長く続くものです。
何かを作っていく楽しさを感じて作業しているのでしたら、きっとこれからも整備をしたくなるでしょう。
登山道整備ボランティアが、それほどまでに楽しいことだと改めて気が納得できました。
ご参加いただいた皆さま、今回は難しい募集の中、ご参加いただきましてありがとうございました。来年も参加できるように引き続きご協力ください。
雲ノ平山荘のスタッフの皆さまも多大なご協力ありがとうございました。来年も引き続き、活動ができるようにお手伝いください。
今回の募集でご参加頂けなかった皆さま、運営側の能力によりご参加頂ける方の数は多くありません。引き続き当プログラムへのご注視、並びに運営へのサポートをお願いいたします。
〈最後に〜「ボランティア」について〉
「ボランティア」というのはあくまで「志願したスタッフ」という意味です。作業内容を制約するものでも、簡易的な作業をする補助スタッフではありません。労使の契約条件に近いでしょう。
誰かを手助けするという要素の強い慈善活動(チャリティ)でなく、自分が属しているコミュニティの不足を補う重要な役割を担っています。住人というコミュニティがいない山岳エリアでは、利用者がコミュニティのメンバーとなるでしょう。
ちなみに、第二次世界大戦時のアメリカ海軍で組織されたvolunteer emergency serviceは「義勇部隊」と訳されています。辞書には「義勇」の意味として「正義の心から発する勇気。また、みずから進んで公共に尽くすこと」とあります。「公共」と言うと大きな枠組みになりますが、ボランティアの盛んなアメリカでの活動範囲は、主に「コミュニティ」が対象となります。
海外の長距離トレイルには、個人から企業まで多くのサポーターがが組織運営に協力しています。トレイルエンジェルに代表されるようなハイカーへの支援のみならず、運営組織や国立公園までもがボランティアによって支えられているのです。利用者と作り手、管理者が緩やかなグラデーションで結び付いているのが官民連携の秘訣かもしれません。
 昨今、日本の国立公園でも試験実施されている「受益者負担」に基づく協力金制度などは、登山道の維持管理において一つの解法として機能するものかもしれませんが、登山道の整備においては「お金を集めて利用者以外の誰かに任せる」以外のやり方があります。海外のトレイル管理団体が行うように、ボランティアによる整備団体が組織的に機能し、自治体や行政機関と連携して登山道整備を担うという手法があることも、ひとつ解法かもしれません。
 日本の国立公園内の登山道において、「外部の人が整備活動に参加する機会や場がほとんどない」という現況も、山や自然を愛する人には知って欲しいと思います。(最近では、大雪山・山守隊の岡崎さんを招いての登山道整備イベントが開催されていることを耳にするようになりました。)
地元の低山であれば利用者が地元山岳会に参加して登山道整備をすることは珍しいことではありません。実際に手と時間を使って作業する、それも「受益者負担」であり、お金以外の方法もあるのです。
山との関わり方が「利用」のみで終わってしまうことは残念なことです。運動場でも車でも「利用」すれば「保全や整備」が必要です。自分で使ったものは自分で整備することは普通のことです。
一方で、日本の国立公園の山岳環境の利用は誰でもできるのですが、保全や整備は参加する枠組みがありません。素人が安易に手を出せる環境ではありませんが、ではエキスパートを育てる環境がそもそもあるのか? エキスパートの育成は、伊藤二朗さんが言うように行政だけの課題ではありません。利用者たる私たちもエキスパートになり、観察眼を養わなければ、何が問題なのかも把握できませんし、整備することもできないのです。
登山道の整備・自然環境の保全が好きな人はきっといるでしょう。
その想いを入れる容器(うつわ)が来年も、これからも持てるようハイカーズデポでも雲ノ平山荘の伊藤二朗さんや整備を行う大雪山・山守隊の岡崎さんと協力して、活動を続けていきたいと考えています。
text by loon
(撮影:大雪山・山守隊)
勝俣隆

書き手勝俣 隆

1972年、東京生まれ
ULハイキングと文学、写真を愛するハイカー。トレイルネームは「Loon(ルーン)」
アパラチアン・トレイルスルーハイクののちハイカーズデポ スタッフへ。前職での長い北中米勤務時代にULハイキング黎明期の胎動を本場アメリカで体験していた日本のULハイカー第一世代の中心人物。ハイキングだけでなく、その文化的歴史的背景にも造詣が深い。ジョン・ミューアとソローの研究をライフワークとし、現在は山の麓でソローのように思索を生活の中心に据えた日々を過ごしている。2016年以降、毎夏をシエラネバダのトレイルで過ごし、日本人で最も彼の地の情報に精通しているハイカーと言っても過言ではない。著書に『Planning Guide to the John Muir Trail』(Highland Designs)がある。

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