THE GREAT DIVIDE BIKEPACKING

[Vol.5]
GDMBR Summary

記事:二宮勇太郎

 

これまで4回にわたりアメリカで僕が感じたバイクパッキングの「リアル」について記してきました。THE GREAT DIVIDE BIKEPACKINGリポートの最後となる【Vol.5】は旅を振り返って「いま思うこと」をまとめて終わりにしたいと思います。

・過去のレポートについては HPの「Hikers note」>「Bikepacking」にまとまっています。
以下のリンクからも直接ページをひらけます。

THE GREAT DIVIDE BIKEPACKING【Bikepacking カルチャーに触れる旅】[Vol.1]
THE GREAT DIVIDE BIKEPACKING【Long Touringのフィールド GDMBR】[Vol.2]
THE GREAT DIVIDE BIKEPACKING【Bikepacker's Life】[Vol.3]
THE GREAT DIVIDE BIKEPACKING【Bikepacking Gear】[Vol.4]

 


BikepackingではHikingよりも自由な旅ができたのか

GDMBRでは移動方法がPCTの徒歩から自転車に変わり、間違いなく「楽に 速く 遠く」に移動できるようになりました。ルートから20km以上離れた景勝地にわざわざ行ってみたり、補給で立ち寄った大きな街をくまなく見て回ったりと、徒歩ではまずしなかったできなかったであろう寄り道をたくさんしました。自転車という道具を使うことで徒歩に感じていた距離と時間の制約から解放され、積極的に移動を楽しむようになったといえます。それにGDMBRでは広大なアメリカを徒歩で旅したときの、何日歩いても景色が変わらない気だるさを感じることはほとんどありませんでした。アメリカ国土のスケールに対して人が本来持つ歩くという行為は、時間の制約がある場合はスローです。徒歩移動では肉体的にはもちろん精神的な負担が少なくありません。アメリカを広い範囲で旅するなら、自転車くらいのスピード感がちょうどいい。私にとってBikepackingはある面ではHikingよりも移動の自由を感じさせてくれる方法なのは間違いありません。

 

 

Bikepackingで感じた不自由その①

GDMBRの旅では全てがPCTよりも自由だったとはおもいません。
まず自転車は輸送が面倒です。日本からアメリカに渡る飛行機をはじめ、現地に着いてからも自走以外の方法、例えば鉄道やバスなどを利用するのには手間がかかります。Hiking ならバックパック1個で済む荷物が、Bikepackingとなると輸送方法のリサーチから自転車の梱包まで煩わしいことばかり。今回の旅では環境的に自走が難しい区間があり、現地の交通機関を使っての移動を余儀なくされましたが、自転車をそのままの状態で運べる公共交通機関はほとんどなく、どれも自転車を梱包しないといけません。結局は時間や手間、コストの問題からバスや鉄道、飛行機をあきらめ、レンタカーを利用することになりましたが、長距離の乗り捨てはチャージが高く、痛い出費になりました。自走移動にはこの上なく便利な自転車も、乗れない際には大げさな荷物でしかありません。本来は主役ともいえる自転車ですが、このときばかりは邪魔でしょうがありませんでした。

 

Bikepackingで感じた不自由その②

自転車の輸送以外でも、パッキングには悩まされました。Bikepackingのパッキングシステムは自転車の機動性を重視して車体全体に荷物を分散させてパッキングすることはVol.4で触れました。荷物は一般的に3~4つのバッグに分けて自転車に装着しますが、これが問題なのです。もちろん人のいない大自然のなかでは有利なシステムですが、補給や休憩などで街に降りたときには荷物の防犯管理がかなり面倒なのです。自転車自体には鍵をすれば済みますが、サドルバッグやフレームバッグ、ハンドルバーバッグなど3~4つに小分けにされた荷物に鍵はかけられません。それに頻繁に着脱することを想定していないバッグ類はその都度外すのがかなり面倒です。外したところで一つにまとまらない荷物は持ち運ぶことも困難です。ですから街のショッピングセンターやスーパーマーケットで買い物や食事をしようにも、貴重品を除いた荷物を置き去りにするしかやりようがなく、心配で落ち着きません。結局のところ自転車が中から見えない店は利用しない、利用したとしても常に落ち着かない状態が続きます。Bikepackingのシステムが都市では不便なことを痛感させられました。

 

 

自由と不自由のバランス

移動が快適で効率的になったBikepackingでは、Hikingのときには考えもしなかった不自由を経験しました。便利な道具ほど、じつは便利さに見合った問題を抱えています。実際に自転車もベストな状態からいつ走行不能になってしまうかはわかりません。そうならないために準備をしているつもりでも、GDMBRを旅している間は常に自転車が壊れるかもしれない不安がありました。もっと自由な旅がしたくて道具を加えたら、別の不自由を背負うことになるなんて皮肉な話です。それでもBikepackingに魅力があると感じるのは、自転車旅には快適性や効率以外の何かがあるからです。

 

自転車旅の楽しさ

自転車の動力は人間です。坂を下るとき以外は自分の足を動かさないと前に進みません。Bikepackingが楽しい理由もここにあると思います。今の時代にあえて自力で長距離を移動する行為はわざわざ苦労を選ぶことでもあります。雨風に晒され道の起伏を自身の足に負荷として感じながら移動することは楽ではありませんが、それだけ移動している実感は強く得られます。もしGDMBRをバイクで走っていたら、こういった実感はもっと薄まっていたでしょう。メキシコとカナダが本当に一本の道でつながっていることを、他の誰よりも実感しているのがスルーハイカーやGDMBRライダーです。旅の面白さは移動の方法によって全く違うものになります。単なる旅行と旅に違いがあるとしたら「移動そのものに価値を持つかそうでないか」なのではないでしょうか。自転車や徒歩での移動は常にその場の景色だけでなく、地面の感触や音、匂いさえもダイレクトに感じます。エンジンの付いた乗り物では味わえない、生身に近い状態で移動するからこそ、BikepackingやHikingは旅の豊かさがあるのです。

峠越えはたのしい

 

 

僕の「GDMBRの旅」とは

私が最初にGDMBRにトライしてみようと思った一番の理由はルートの長さにありました。2012年にPCTを歩いた経験のある自分にとって、それより短い距離を旅することには魅力を感じられずにいました。移動することそのものに価値を見出す以上、距離も時間も長ければ長いほど刺激は強く、短ければ魅力が減じてしまうような感覚でいたのです。そんなときに知ったGDMBRはPCTと同じくアメリカを縦断する4000km以上のルートとあって、一気に気分が盛り上がったのを覚えています。
それ以外で強く惹きつけられた理由が自転車で走るルートだということでした。過去に歩いて4000km以上の旅を経験した者にとって、環境が多少変わったところで補給方法や歩き方などのノウハウがあれば、ある程度は乗り切れる自信がありました。同じ距離を同じ方法で旅することにも物足りなさを感じていた私には自転車で、しかもオフロードという未知の領域に挑戦することが大切だったのです。
ここまでの話では大層なチャレンジをしたかったように聞こえますが、私は冒険家になりたかったわけでも、前人未到のチャレンジがしたかったわけでもありません。
そもそもPCTもGDMBRも特別な能力を必要としない、時間とお金さえあれば誰にでも達成できるものです。実際にトレイルでは老人や子供も旅をたのしんでいます。距離や必要な時間が長いために誰にとっても身近なものではありませんが、そこさえクリアできれば簡単な行為です。むしろ私にとってはそこが魅力でもありました。たまたまそのタイミングで自分の欲求を満たすのがのがGDMBRだっただけです。
長い距離を自力で移動することには他では味わえない魅力があります。トレイル上が生活の場になるあの一種独特な感覚に取り憑かれたハイカーやライダーはわざわざ時間とお金をかけてまでまたトレイルに向かいます。GDMBRはトレイルを旅する楽しさをつくりだすためのフィールドでした。徒歩だけではなく自転車を使った旅でも豊かなトレイルライフが送れることを教えてくれたGDMBRに感謝です。

ゴールのバンフにて