ハイキングエッセイ

タグを切る〜Follow the pied piper

2019/06/01
勝俣隆
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はさみひとつでできるUL装備

「ウルトラライトの人って、1グラムでも軽いギアを買い集めているんでしょ?」と思われている節がある。心外だ。ULハイカーの多くは、もっと理性的で、わたしとは違う。

①不要なものを持っていかない
②大きな重さを削減できるギア(テント、バックパック、寝袋)から軽いものを選ぶ

 軽量なギアでフル装備するまでもなく、この二項目さえ抑えてしまうと荷物はだいぶ軽くなる。ここからは500グラムくらいの攻防でしかない。残りの戦いは険しい。ギアを吟味して、色々と試してみては、さらに切ったりけずったり、買っては比べ、買っては比べ…。沼の中へと入っていく。

この先の1グラムを削って歓ぶ人、「タグを切っている」という人に会うのがめっきり少なくなった。みんな、どこに行ってしまったんだ。

「不要なものを持っていかない」はUL教義の第一項。
しかし、必要なギアの中には要らないものが付いてくる場合がある。
だから「要らないものをカットする」はいつもついて回る第一項第二条。
▷ウェアのタグは取る。これまで3度ほど、タグと一緒に襟首を切って穴を開けてしまった。穴が空いたら縫う。

▷バックパックはカットの宝庫だ。
バックパックのバンジーとそのループも不要。
背面パッドも要らない。ロールマットがあるじゃないか。
ハイドレーションのスリーブも不要。
ウェストやショルダーのストラップはたいていは長すぎる。切ってほしいと言わんとばかり。
ときにはサイドポケットだって切る。わたしの頭はポケットが多すぎると何が入っているか覚えてられない。複数のポケットより、よく見える一袋のジップロックの方が便利。
▷クローズドセルのマットは自由に切れるところが良い。長さを縮めた上で、角をまるく取っている。だって角は使わないじゃない。もともと軽いから数グラムの削減しかないけど…。

▷コピーした地図なら余白も切る。ガイドブックも同様。トイレットペーパーの芯を抜くのは登山でも常識だ。

1グラムでも1キロでも、削減できればいいことだ。千里の道も一歩から…である。一キロは千のグラムなのだ。

さあ、切るものはないかー。いらないものはいねかー。ハサミを持ってギアを睥睨しては、手当たり次第にジョキジョキ切っていく。アドレナリンからドーパミン、セロトニンまででてくる。歓喜にあふれる。神さまはカットする歓びを与えたもうたのた。

ワークショップ「はじめてのUL」では、切ることまでしない。「①不要なものを持っていかない」だけでほとんどの人がベースウェイト3.5キロは可能だ。ULハイカーじゃなくても、理性的な人なら軽量化はできる。

いやぁ待ってよ。ハサミで切りたくなる情熱こそULの源である。そう信じて、わたしのバックパックにハサミを入れた。切り取ったタグやらパーツを秤に乗せると、「8g」と表示された。わたしの情熱の対価は8グラム。ふふふ、ふふふ。

わたしは8グラムだけ、道具から自由になれたのだ。背負う重さが5キロなら5,000グラム。その1/625を、恒常的に、永遠に削ったのだ。勝利はすぐそこだ。さあ、みんな、ついてきてー。Follow the pied piper!

Text by Loon

勝俣隆

書き手勝俣 隆

1972年、東京生まれ
ULハイキングと文学、写真を愛するハイカー。トレイルネームは「Loon(ルーン)」
アパラチアン・トレイルスルーハイクののちハイカーズデポ スタッフへ。前職での長い北中米勤務時代にULハイキング黎明期の胎動を本場アメリカで体験していた日本のULハイカー第一世代の中心人物。ハイキングだけでなく、その文化的歴史的背景にも造詣が深い。ジョン・ミューアとソローの研究をライフワークとし、現在は山の麓でソローのように思索を生活の中心に据えた日々を過ごしている。2016年以降、毎夏をシエラネバダのトレイルで過ごし、日本人で最も彼の地の情報に精通しているハイカーと言っても過言ではない。著書に『Planning Guide to the John Muir Trail』(Highland Designs)がある。

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