イベントリポート

雲ノ平トレイルメンテナンスプログラム2023アフターレポート

2024/03/29
勝俣隆
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雲ノ平での3年目となる〈雲ノ平整備プログラム〉のアフターレポートです。
2023年度もハイカーズデポが開催にお手伝いいたしました。豊かな顔ぶれがそろい、いよいよコミュニテイとしてスタートした模様です。ハイカーズデポ店主の土屋も土留ロール作業に熱中していました。何よりアウトドア業界として山岳環境保護の仕組みを支えていければと思います。

雲ノ平での3年目となる、〈雲ノ平整備プログラム〉が2023年8月に開催されました。
2023年度も豊かな顔ぶれが集まりました。アーティストから山岳ガイド、IT系、メディア、福祉系、アウトドアメーカー、さらに大学生2名、年齢も様々な方々に参加いただき、プログラムへの期待が高いことをあらためて感じました。今年度はアウトドアメーカーやメディアの方にもオブザーバーとして参加いただき、実際に一緒に作業していただきました。サポートいただく山荘スタッフも合わせると、朝夕は大名行列のような移動で登山者を驚かせたかもしれません。

 

一年目、二年目のOBたちも時間に都合のついた方がサポートスタッフや作業リーダーとして参加いただきました。徐々にですが、自律的な運営を目標として育んでいるトレイルクラブ内のコミュニティがしっかりしてきたようです。

前日夕方には雲ノ平山荘に集合という、ひょっとしたら1番のハードルを乗り越えて、初日の午前中から5日間のプログラムが始まります。
初日は自然観察会を行います。山荘オーナーの伊藤二朗氏の案内のもと実際に登山道を歩きながら、雲ノ平エリアがどのような地形で、どのように植物が育つのか、どうして植生破壊が起こるのか、一日かけて学びます。このプログラムを理解するためには観察会が何よりも肝心です。公共事業なので、周辺の生態系や地形を観察せずに施工を行なった事例も散見されます。その結果は脆い土壌や雪のグライドにより短期間で工作物が破壊されている現実です。登山道を取り巻く環境を知ってからでないと、植生復元作業を行えませんし、登山道を作ることも本来あってはならないことです。

 

作業プログラムは、伊藤氏から施工方法を学びつつ、実際に手を動かすワークショップ形式で進みます。今年の作業は祖父岳下部、土壌が侵食されて裸地化した木道周辺の保護を行います。一つ目は流出した土砂を食い止める土留施工。土砂の流出源を確認するため、現在の登山道から外れ上部に向かうと、そこには旧登山道があり、人が利用しなくなった後も、降雨や積雪、凍上などの環境圧により土壌が侵食を受けて流出しています。これを放置すると現在の木道周辺の土壌侵食も止められない上に、周辺の植生には土砂がかかり、いずれは一面が裸地化するでしょう。ヤシネットを使った雲ノ平トレイルクラブ独自の土留ロールを用いて、周囲の地形に馴染むよう、復元後の景観をイメージしながら作業します。削れた斜面が長いほど、土留ロールは長いものが必要です。ここで大人数が役立つのです。地形に合わせた土留を用意し、崩れが広がらないように設置します。いずれ、植物が定着し、崩壊に進んでいた地形を、復元へと導けるかもしれません。来年、再来年と観察が楽しみです。

 

二つ目は木道周辺の修繕です。植生へのインパクトを抑えるはずの木道ですが、歩きにくくなれば当然、登山者は木道ではないところを歩いてしまいます。土壌は侵食されながら徐々に踏み固まれ、植物の育ちにくい環境へと変化していきます。木道周辺の侵食を直しつつ、老朽化して上下左右にずれたり傾いてしまった木道をより歩きやすい状態へと調整します。作業を開始するにあたって、チームは木道チームと土留ロールチームに分かれます。木道チームでは大工さんがリーダーとなり一つ一つ、裏返しては手作業で直していきます。ただでさえ雨が降れば滑りやすい木道ですが、傾斜が付けられていてはなおさらです。傾斜を最小限になるように設置し、さらに湾曲した地形(景観)に合わせてS字を描くように設置していくのは、なかなか難しい作業です。メンバーで相談しながら、どうにか自然景観に調和するように施工していきます。


周辺の侵食も同時に手当していきます。次に手掛ける土留ロールは一つ目の施工箇所より長い法面が削れているため、大人数での作業です。また、植生の下部が侵食されて、いまにも崩れ落ちてしまうような植物は、丁寧に運んで移植します。ただ単に登山道を作るのではなく、登山道も含めた景観を修繕しながらの作業は創造性を求められ、まさしく「レクリエーション」という言葉にふさわしい活動でした。決して、腕力に頼った単純労働ではありません。

恒例となっている座学もトレイルクラブにとっては重要なカリキュラムです。国立公園の歴史や現状を学び、登山道がこれまでどのように整備されてきたのか、適切な登山道の管理方法がどういったものなのか、参加者も交えてディスカッションを進めます。数年前までは利用者が整備に参加するというのは珍しいことでしたが、3年目ともなると参加者の思いは「なぜやるのか?」から「やって当たり前」に変わりつつあり、少しずつはっきりと意識が変化しはじめたことに驚かされます。

ボランティアは文字通り「志願者」であって、決して「軽度な力作業をする人足」ではありません。登山道整備というとどうしても重いものを持つことを想像しがちですが(もちろん、持ちますが)、それは一つの条件でしかありません。知見や技術が問われる施工では、長く参加いただいて少しずつ技量を高めることが必要です。生態系や景観を読む感性はもとより、手先の器用さやものづくりの経験などが活きてきます。参加者の中には編み物が得意な女性がいらっしゃいましたが、彼女が担当した、ヤシネットの裁断やほつれ防止の末端処理作業などのきめ細かい作業を飽きずにやり続けるという根気は、意外と見過ごされやすい大切な要素です。また、山岳の美しい景観を作るのに、土木の突貫工事を思わせるような直線的な地形を作ることは許されません。プログラム終了後に参加者に記載していただくアフターレポートによく言い表されています。「最終日には整備をしているというより、みんなで作品作りをしているかのような気持ちにもなりました」

「最後の秘境」と呼ばれる雲ノ平に来て、乱雑に土嚢が積み上げられた歩道や工事の残材が放置されたものを見せては、国立公園たる山々にも申し訳ないことです。自然が数千年、数万年かけて作った景観を、よりありのままの姿に近い形で「味わわせていただける」ように、インパクトが少なく、景観を損なわない形に仕上げていきます。その上で歩きやすい道にします。登山道が歩きにくいと登山者は道を外れます。土壌が弱く、利用者が集中する北アルプスの高山帯では、すぐに裸地化し、複線化して大きな植生荒廃につながってしまうでしょう。

利用者とはなんでしょうか。
昨今、「利用者負担」という言葉を耳にする機会が増えました。山岳環境の利用者は多岐にわたりますが「負担」という場合は「入園料」的なものばかりが注目され、しかも登山者しか対象になっていないようです。しかし私たちの生活の基盤たる「自然環境」を後世に残し、学ぶためにある国立公園や山岳環境の保全の担い手としての「ステークホルダー」をより大きな視点から捉え直すと、登山者以外の活躍も当然求めらます。

アウトドアギアのメーカーにとって、アウトドア環境が無くなれば、マーケットは限定的になります。
小売店はアウトドア環境なくしては成立しません。山岳エリアが荒れて、利用者が来なくなればマーケットは小さくなります。ハイカーズデポもお客様が訪れる山域、自然によって支えられています。山岳ガイドも山岳メディアも当事者(ステークホルダー)であり、利用者=登山者ではなく、山岳環境や国立公園の存在により利益がもたらされる全員がステークホルダーなのです。そして、それは本質的には、地球上に生きる人間全員なのだといえるはずです。

雲ノ平トレイルクラブのプログラムでは環境省、メディア、メーカー、小売店などが山小屋のスタッフや登山愛好家と力を合わせて作業する姿が日常の光景になりつつあります。このあり方を、より豊かに育てていきたいものです。
登山道の周辺整備は雲ノ平の短い夏の、さらに来訪者が落ち着いた時期にしかできません。とりわけ、木道を外して作業するとなると、一年でできるのはさらに限られた期間になります。また、来夏も作業ができるよう、また、一人でも多くの方が参加できる仕掛けを作れるよう、雲ノ平トレイルクラブと協調して、ハイカーズデポができることをお手伝いしていきます。

 

勝俣隆

書き手勝俣 隆

1972年、東京生まれ
ULハイキングと文学、写真を愛するハイカー。トレイルネームは「Loon(ルーン)」
アパラチアン・トレイルスルーハイクののちハイカーズデポ スタッフへ。前職での長い北中米勤務時代にULハイキング黎明期の胎動を本場アメリカで体験していた日本のULハイカー第一世代の中心人物。ハイキングだけでなく、その文化的歴史的背景にも造詣が深い。ジョン・ミューアとソローの研究をライフワークとし、現在は山の麓でソローのように思索を生活の中心に据えた日々を過ごしている。2016年以降、毎夏をシエラネバダのトレイルで過ごし、日本人で最も彼の地の情報に精通しているハイカーと言っても過言ではない。著書に『Planning Guide to the John Muir Trail』(Highland Designs)がある。

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