JMT Thru-Hike 2008 (Part 1)

オーナー土屋智哉がウルトラライトな装備で歩いたJMT(ジョンミューアトレイル)の記録(その1)

JMT Thru-Hike 2008

この6月、僕はジョン=ミューア=トレイル(JMT)を歩いてきた。
幸運なことに、全長340kmのこのトレイルを一息にスルーハイクすることもできた。いつかは歩いてみたいと漠然と考えてはいたものの、
特に準備をしているでもなく、その「いつか」には全く現実味がなかった。
10年間勤めていた会社を退職し、確かに時間はあったものの、
開店準備の目処が立たず、今シーズンは北アルプスや東北の山を歩けたら。。。
そんな程度に考えていた。ところが5月下旬、様々なことが堰をきったように動きはじめ、
友人をまきこみ、気がついたらJMTに行くことを決め、航空チケットを手配していた。
まさに芭蕉ではないが「そぞろ神のものにつきて心を狂はせ」(『おくのほそ道』)
といった心境だったのかもしれない。日程は諸事情から6月後半の2週間。
JMTを歩くベストシーズンまではまだひと月ほど早く、
トレイルにある9つの3000mを越える峠にはまだ相当量の残雪が残っているらしい。
出発まで二週間をきっているので補給食料も送れない。
なにより、この半年間山に行っていない。様々な不安はあったものの、
多くの友人の助けをかりて準備を整え、なんとか出発にこぎつけた。
あとはとにかく現地にいってみないと何もはじまらない。ウルトラライトハイキングのスタイルだからこそ、
独りでも長い行程を気持ちよく、怪我も無く、歩き通せたように感じています。
ただ装備を軽くするだけでなく、自然とのリンケージを感じることができたのか。
それはこれから分かることかもしれません。ご興味があれば、このハイキングの話にしばしおつきあい願えれば。。。謝辞
今回のJMTスルーハイクは、友人の助けによるところが大きいものです。
サンフランシスコ在住で、現地の情報を教えてくれただけでなく、
中間地点での食料のサポート、ピックアップでお世話になったB氏。
出発前に装備面での相談に何度も乗っていただいたT氏、M氏、K氏。
この場をお借りしてお礼申し上げます。

前夜祭 〜JMT Thru-Hike〜

夕食後のコーヒー。
落ち着いた夜を過ごす、山でのいつもの習慣。
でも胸の奥がざわついて仕方がない。
のんびりリラックス、と思っていても、どうやら勝手が違う。
午後8時過ぎだというのに、空は夕暮れ時と変わらぬ茜色に染まっている。
明日は早いからと、バグネットをかぶりビビィに潜り込むが、
とてもではないが眠れそうにない。
遠足前の興奮はこんなだったかな?と昔を思い出そうとするものの、
遠足というには340kmの道のりはあまりに長い。ヨセミテ国立公園内のNorth Pine、バックパッカーズキャンプサイト。
短い夏の夜が訪れつつあるなか、僕にとっての夜はまだまだ訪れそうにない。前日サンフランシスコに到着した僕は、友人と合流、食料の買い出しと最終のパッキングをすませ、早朝にヨセミテ国立公園に入園した。
パーミッションオフィスでの許可証取得で準備は無事終了。
その後は友人の計らいでToulumne Meadowsまで下見を兼ねてのドライブなど、出発前の慌ただしさからようやく解放された。
夕方、友人と別れ独りになってからも実感はわかず、
夢うつつの心地が続いている。カリフォルニアのシェラネバダ山脈を貫くジョン=ミューア=トレイル。
ヨセミテ渓谷からMt.ホイットニーまで、340kmにわたるこのトレイルを全行程一気に歩き通すスルーハイク。
まだ他人事のようで実感のわかないこの長過ぎる遠足は、
明日の夜明けとともに夢から現実へと変わっていく。実感のわかない昨日今日の出来事をぼんやりと思い出しているうち、
夜空は満天の星に飾られ、僕は静かな眠りについていた。

DAY1 〜JMT Thru-Hike2008〜

DAY1(6月15日) Happy Isle − Sunrise HSC 24km
〜Sunrise HSCにて〜
花崗岩をベッド代わりに、木陰を探しマットを敷く。
午後3時、昼寝にはちょうどいい時刻、
刺すような日差しも
木陰越しでは眠気を誘う心地よい暖かさ。
盆地のようなSunrise HSCに吹く風はおだやかで、
自分以外誰もいないこの場所で幸福感に包まれる。
夕食までもう何もしなくていい。贅沢な時間。
====================================朝5時、セットし忘れた腕時計のアラームなど関係なく目が覚める。
遠足前の興奮はどうやらまだ続いているらしい。
好きなことが待っていると僕の寝覚めは非常に良い、ゲンキンなものだ。
ビビィでごろりと横になっていただけなので、パッキングもあっという間。
Nevada FallやHalf Domeの上、東の空が色づきはじめるなか、歩きはじめる。
暗いし、寒いし、朝食は先送り。
せっかくだから朝食は景色のいいところで楽しもう。
ひたすら続くスイッチバックの途中、Nevada Fallが目の前に現れると
ヨセミテ渓谷に朝日が差しはじめ、一瞬にして周りの色彩が変化する。
朝早く歩きはじめたから出会えた贅沢な自然の演出。

景色に見とれていたからか疲れも感じず、足取りは軽い。
Little Yosemiteを過ぎるとトレイルは針葉樹の森に吸い込まれ、
静かで小さなSunrise Creekに沿うように続いていく。
なぜか落ち着くのは日本の山にどこか似ているからだろうか。
残雪が時々トレイルを覆いはじめる頃、標高は3000m近くになっていた。
午後1時、Sunrise HSCまであと少し。ちょっと休憩しよう。

North Pine BPC 05:30
Happy Isle 06:00
Nevada Fall 07:30
Little Yosemite 08:00
Half Dome JCT 09:20
*トレイルを間違え、Half Dome手前まで往復5km弱、1時間程ロス
Clouds Rest JCT 11:30
Sunrise HSC 14:00


DAY2 〜JMT Thru-Hike2008〜

DAY2(6月16日) Sunrise HSC〜Upper Lyell BC手前 32km〜Lyell Canyonにて〜

二匹のシカがわがもの顔、
まるでトレイルをとおせんぼ。
悠々とした姿で草を食み、
時折気づいたようにコチラを見やる。
視線が合っても彼らは動じない。
ハイカーは肩身が狭いね。
異邦人だから仕方ないか。こちらもトレイルスナックを食べつつ、しばし足をとめる。
Lyell Canyonは熊が多いと聞いていたが、日中の主はシカのようだ。
ゆったりとしたLyell Forkの碧い流れに沿って、このトレイルはどこまでもフラットに続いている。
遠くには雪をかぶった山並が見える。明日越える峠はあのあたり。
いつの間にかここの主は食事を終えたようだ。

====================================午前3時に顔が寒くて目が覚める。
そこらに転がしていた温度計を見ると-5℃、ビビィでごろ寝じゃ寒い訳だ。
さすがに氷点下に落ちると、寝袋とビビィとの間は結露している。
タオルで拭こうかと思ったけれど、寒いので中止、明日乾かせばいい。
顔まで寝袋にもぐりこんであとしばらく一眠り。
この朝も夜明け近くから歩きはじめる。
朝のCathedral Passからの景色はきれいに違いない。
霜柱や薄氷がトレイルにはっていたかと思うと、やはりPassが近づくにつれ雪が覆ってきた。それでも明け方は雪がしまっていて歩きやすいのが嬉しい。
Passの上にでると荘厳なCathedral Peakの足下に鏡のような湖面が静かに寄り添っていた。岩と雪と湖そして空、光と陰。トレイルを歩く毎に変化する景色は見飽きることが無く、
次に何が待っているのか、楽しみがつきない。
でもそのおかげでToulumne Meadowsの売店に早く到着しすぎたようだ。
楽しみにしていたホットドックは昼からの販売だった。
Sunrise HSC 05:30
Cathedral Pass 07:30
Toulumne Meadows JCT 09:00
Meadow Grill 10:00 *11:00まで休憩、食事
橋を渡りLyell Canyon左岸へ 12:00
Ireland Lake JCT 13:40 *14:30まで昼寝
Upper Lyell BC手前 16:30


DAY3 〜JMT Thru-Hike2008〜

DAY3(6月17日) Upper Lyell BC手前〜Reds Meadow 35km

Lyell Canyonの最源流にあたるここにはなかなか朝日が当たらない。
少しずつ暁に染まりはじめたばかり。
早朝は足下の雪面がしっかりしまり、着実に高度を稼げる。
時折ふりかえると、歩いてきたLyell Canyonが視界に入る。いままでの行程を望む瞬間は自然の大きさを感じる瞬間でもある。
はじめての本格的な峠越え、
誰もいない早朝のDonohue Pass、
峠を越える風の中でちょっとした満足感に浸るのもつかの間、
南斜面にどこまでも広がる雪原を見て感嘆は深いため息に変わる。

Donohue Passからは雪中行軍。北斜面ではしっかりしていた雪がマッシュポテトに変貌する。
足場は不安定で深いスプーンカット、雪を踏み抜くたびに悪態をつく。
始終トレイルを見失い、いつしか悪態をつくのにも疲れ果てる。
こんなときに限って北上してくるPCTハイカーにも出会わず、ただ独り。
Island Pass付近で完全にトレイルをロストするものの、湖は近い。
Banner Peakを頼りにようやく視界に湖が入り、雪原を一気に駆け下りる、
といきたいのだがここでもマッシュスノーが意地悪をやめない。昼過ぎにたどり着いたThousand Island Lakeは静寂の世界だった。
世の中では皆が忙しく動き回っているこの時間も、
この湖には全く関係ないらしく、動くものは風に揺れる湖面だけ。
音までも吸い込まれそうなこの世界を見下ろすのはBanner Peak。
独り山に入ると感じられる、山に「見つめられている」感覚。
山と僕との一対一の関係を静かに湖畔で感じていた。

Upper Lyell BC手前 05:30
Donohue Pass 08:00
Marie Lake JCT 10:00
Thousand Island Lake 12:20 *13:20まで休憩、食事
* 残雪量の多さと午後の雪のゆるみを考慮してRiver Trailへ
Agnew Meadows 16:30
Reds Meadow 19:30

DAY4 〜JMT Thru-Hike2008〜

DAY4(6月18日) Reds Meadow〜Lake Virginia 29km

ただひたすら歩く、
口からもれるのはため息ばかり。
見とれる程の景観が続くトレイルはどこへ行ったのだろう?
空腹感は体の軽さを感じる心地よさを通り越し、体に力が入らない。
ゆっくり食事をしたいのに、
ホコリっぽく水場も無いこの場所ではどうしてもためらってしまう。

Reds Meadowsで隣り合ったご夫婦からいただいた朝食のメロンが懐かしい。
出発前には温泉シャワーで体もサッパリ、洗濯だってしたのにこの土埃のおかげで台無し。
まったくうんざりする。
山火事で焼け落ちたまるで墓標のような森にはじまり、土埃舞うトレイル。
今日は20km先のDuck Lakeまでこれが延々と続いていく。
後日他のハイカーに聞いたところ、この区間はJMTでも有名な退屈区間らしい。
それにしても20kmってこんなに長かったかな?


湖畔に腰をおろし、そっと足を浸してみる。心地よさが全身に広がる。
ここまでのことがまるで嘘のような景色が目の前に広がる。
この感動のために今日のトレイルはあったに違いない。
そんなことを思わせる程、夕暮れのLake Virginiaは澄み渡っている。
荘厳で圧倒されるようなThousand Island Lakeの美しさとはまた違う。
解放され、安らぎを感じるような、優しい美しさがこの湖にはある。
タープを張る間も、食事をする間も、そして食後のコーヒーを飲む間も、
見飽きること無く、目の前の湖の美しさは夕暮れの光とともに変化していく。


残照の中、東の空に月が姿をみせ、
その下をハイカーが通り過ぎていく。
湖畔を歩く彼の姿は僕が歩いてきた方向へと小さくなっていく。

彼もこの景色を見ているのだろうか。

Reds Meadow 09:30
Deer Creek 12:20 *12:50まで休憩
Duck Lake JCT 15:10
Purple Lake 16:30
Lake Virginia 18:20

(Part 2に続く)

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