2007年のJMTセクションハイキングの様子。3度目のJMTハイキングにして、全線を歩き終えようと、レッズメドウからホイットニーまでの160マイルを足早に歩くいた記憶。(勝俣 Loon 隆)
*ハイカーズデポでトレイル整備やコンサルティングを担当してる勝俣隆(べーさん)はULハイキング黎明期の2000年代前半、在住のサンフランシスコから北米のULハイキング事情を日本に紹介してきたひとり。JMTはじめシエラネバダ全域にこの20年通い続けています。2024ATハイカー。
Virgnia Lake ~ Bear Ridge
目が覚めると空が白んでいた。寝袋の中で時計を見ると6時前だった。物が見えるくらい明るくなっているので、起き上がって体を伸ばす。
まずは...2日目なので何をしたら良いのか考えないとわからない。熊缶を取りに行こう、と靴を履く。今回は、いつもの「缶」ではなく、今年からテスト期間として許されているアルミ入りの袋を持ってきている。袋と言っても熊が噛み千切れない素材で出来ているし、アルミの板が袋の中で広がるので、上手く噛めないという熊にとっては厄介な代物なのだ。ただ、取り出し口は紐で締めるので、そこから中身が出せないように木に括り付けないとならない。木にくくりつけておけば、袋を引っ張る都度に入り口が閉まっていくと言う寸法だ。良く出来ている。
問題は木だった。熊だって莫迦じゃない。簡単に見える場所に結わえたら、まずじゃれるだろう。食料が無事でもよだれまみれの食べ物はちょっと躊躇ってしまう。だから、熊に見つからなさそうな場所の木に結わえておくのだけれど、彼らが見つけられない場所だとしたら、鼻の利かない僕なんて到底見つけられないに決まっている。
案の定、朝から、熊袋を探してあちこちの木をさまようことになる。だって、夜9時過ぎて真っ暗になって結わえたのだから、そもそも覚えていない。莫迦だ、自分。結局、10分ほど探して(幸運なことにVirginia Lakeには木が少ない)、寝床に戻る。
それにしても、昨晩は夜に着いたとは言え、シートの上に物が散らかりすぎだ。コヨーテやリスがやってきて咥えていってしまっては困ってしまう。などと思いながら、とりあえずは証拠写真を押さえておこうとデジカメで撮っていると、女性がやってきた。
「おはよう。調子はどう?私はレンジャーのレスリー。」
ウールの股引をはいて、染みのついた昔は水色だったと思うダウンジャケットを着ているレンジャーなんて初めてだった。
「おはよう。」僕は立ち上がって挨拶をする。朝6時からレンジャーは働くのかしら...。
「あれ、あなたの顔、覚えているわ。」と彼女に言われて思い出す。「ああ!去年、どこかのほとりで話したよね。」と去年の彼女の顔を思い出した。
「そうだ、僕の荷物が軽いって褒めてくれたんだ。あとブルーベリーマフィンを食べる?って勧めてくれたのも覚えているよ。」
「私も装備が軽いので覚えていたの。顔ももちろん覚えていたわよ。」と微笑んだ。たしかに、髪がぼさぼさで変なタイツを穿いた長髪のアジア人は多くないでしょうね。
「一年ぶりに別の場所で会うなんて、めずらしいこともあるのね。」確かにめずらしい。迷って新道に入ってしまって、新しい橋の最初の歩行者になったことを話した。なんだか予定外のことが起きて、それが悪いことではないなんて不思議な気がした。「偶然がつづいているんだ。」
「写真撮ってたの?撮ろうか?」とすっかりと打ち解けた彼女が申し出た。僕は昨夜の到着が遅れて、朝起きたらこんな散らかっていて、その様がおかしくって写真を撮っていたことを話した。
「一日でReds Meadowからここまで歩くなんて大したものねぇ。あ、これUrsackでしょ?使い勝手はどう?」
「軽くて良いのだけれど、ほら、熊に見つからないように隠すでしょ?自分でみつからなくなってしまうんだよね。今朝も熊にもって行かれたのか、自分が莫迦なのか悩んでしまったよ、あはは。」
「あはは、気をつけてね。食料が無くなったら、それでお終いだから。」僕の散らばった装備をみながら「あ、それいいわね」「それ、暖かい?」などと質問が続く。レンジャーは装備が重いのよね、と嘆いていた。去年会ったときには「アルコールストーブって軽いわね!」と驚いていたんだった。
「そうだ、記念の写真を撮ろう!」と、朝から眠いのに、ぼんやりと湖畔で写真を撮った。
撮った写真を見ながら「コーヒーがあるけれど飲む?」と彼女が勧めてくれる。今日の行程も長いのと、今コーヒーを飲むと、ずっとコーヒーが飲みたくなるので、残念ながら遠慮した。それにシエラの美味しい水を飲む貴重なチャンスなんだ。
「去年だって、あれ以降、ずっとブルーベリーマフィンが頭の中で渦巻いていたんだから。」
「今年は食料は沢山持ってきた?」
「うん、クスクスとナッツを結構持ってきたよ。あとは醗酵豆(納豆)。僕はベジタリアンなので、プロテインは大豆から摂らないとならないんだ。納豆は食べたことある?」
「私もベジタリンなの。と言っても、牛乳と玉子は食べるけれど。じゃないとアイスクリームもケーキも食べられないじゃない?でも、肉はもういいわ。もうベジタリアンになって長いの?この間、ベジタリアンになったばかりのハイカーに会ったけれど、ガリガリに痩せていたわよ。納豆は食べたことないのよ。豆乳は甘くて飲めないので、Rice Dream(お米のミルク?)は良く飲むわよ。」
「豆乳、おいしいのになぁ。ビーガンになってからは半年だけれど、ペスカ(魚)ベジタリアンになってからは5年くらいなので大丈夫だと思うよ。もともと肉はそんなに食べなかったし、アジア人は腸がながいから野菜だけでも痩せないよ。ほら、脂肪もあるしね、あはは。」
「なら大丈夫だわ。じゃぁ、私もテントを撤収するので、そろそろ行くわね。話せて楽しかったわ。」
「僕も楽しかったよ。またどこかで会おう、多分、来年ね。」
「また、来年。」
出会いもあれば、再会もある。きっと別れもある。山は人だと、昨日の昼食の残りのアンパンをかじりながら思った。アンパンはすっかり乾いてしまって、ぼそぼそだったけれど、とても美味しかった。
Mt. Whitneyまで235キロ。